こんにちは。ひらっちです。
2017年8月20日から一週間、東北地方を一周する旅に出ていました。その旅日記です。
郡山市から、いざ石巻へ
私の自宅がある福島県郡山市から、下道のみで石巻市へ。
ナビで出すと、所要時間は約4時間。
しかし、仙台市内で道が混んでいたり、休憩もしていたので5時間近くかかりました。
石巻着。まずご飯・・・
最初は何処へ行けばいいか、よく分からなかったため、いしのまき元気市場へ。
ここで観光に関する情報を得るつもりでしたが、2階に食堂、1階にお土産売り場があるだけ。
観光案内の窓口、パンフレットは何も無しw
やべぇ、来るところ間違えた・・・
しょうがないので、1階に石巻で獲れたらしいマグロ・カツオのお寿司があったのでそれを食す。
写真を撮り忘れたので、ご想像くださいw
1階で買ったお弁当やお寿司は、2階の食堂へ持ち込んで食べてもOK・・・のはずw
何処にも書いてなかったので、勝手にやっちゃいました。もしNGだったらゴメンナサイ。
交流館で、津波の被害を実感する
笑点でおなじみの落語家・林家たい平師匠の直筆サインがありました。
笑点でのあいさつで、度々石巻の話をするたい平師匠。
何故たい平師匠が石巻の話をするのかよく分かりませんでしたが、その謎が解けました。
震災から時間が経っても、定期的に来ていらっしゃるそうです。
交流館の案内の方と、5分程ではありましたが、ゆっくりお話をする機会がありました。
要点をまとめると、こんな感じ。
- 地震発生後の避難所の劣悪な環境
- 遺体がどうしても見つからず、遺体が無い状態で、行方不明になった親族のお葬式をした事
- 命があれば、それでいいという事が分かった
- 交流館の展示で、津波被害のパネルはあえて隠すように配置している。それは、地元の方への配慮のため(実際、津波の展示は見ずに帰る地元の方が多いらしい)
避難所で一番酷かったのは、トイレだった、と案内の方は言われていました。
まともな水洗トイレでは無いため、溜った汚物は、避難所近くのドブとかに捨てる。
汚物によって、周りが臭くなるため、極力トイレに行かないように、食事の回数を減らすようになるそうです。
その結果として・・・
食事の回数を減らす→栄養が不足する→体調不良になりやすくなる
汚物の処理がまともに出来ない→病気の蔓延
そういう恐ろしい事になるのです。もちろん、避難所ですからプライベートなんてありません。
避難所の生活は本当にストレスがたまる、という話はよく聞いていましたが、ここまで具体的に聞いたのは初めてでした。
また、遺体無き葬式についても教えてくれました。
案内の方は、足が不自由な叔母がどうしても行方不明で、遺体無き葬式を行ったとお話しくださいました。
近くに埋まっているかもしれないし、もしかしたら、生きていて家に帰ってくる可能性もある。
そんな中でも、葬式をしなければいけない遺族の思い・・・
私はただ、お話しを聞くことしか出来ませんでしたが、自分が同じ事態になったら、と思うだけでとても辛い気持ちになりました。
違う立場から、また震災のお話しを聞いてきました
本当はまだまだお話を聞きたかったですが、団体のお客さんが来たため、交流館を後にしました。
次は水辺の復興・みらい館へ。
北上川の中州のような場所にポツンと建つプレハブ。
ここでは、震災当時新聞記者として、石巻市内を主に取材していた方からお話を聞きました。
その方が言われていたのは、情報を確かめる事も、出すことも出来なかった、という事。
石巻市の市役所などがある中心部は、基本低い位置にあるため、ほぼ浸水してしまったそうです。
市内中心部に入ることが困難だったため、情報の確認・発信が遅れてしまった、との事。
情報が発信出来る様になった時には、福島原発が大変な事になっていたため、全国向けニュースで石巻の被害が大きさの割にあまり報じられなかったのです。
その方は、行政への思いも色々と言われていました。
私は、ここでもただお話しを聞くことしか出来ませんでした。
石巻に思いを寄せる人がいる一方、何故自分のように被害の大きさの割に知らない人が多いのか、少し分かりました。
石ノ森萬画館へ
重いお話を聞き、少し沈んだ気持ちを立て直すべく、石ノ森萬画館へ向かいました。
実は、石ノ森章太郎は、宮城県登米市の出身。
この記念館のすぐ近くに「岡田劇場」という映画館(津波で流失)があり、若かりし石ノ森少年は、自転車で来ていたらしい。
地図を見ると、この萬画館がある中州は、ニューヨークのマンハッタンにそっくり(石ノ森先生談)との事。
そこから「マンガッタン構想」と名づけ、石巻市の活性化に向け、亡くなるまで活動されていました。
石巻の街中には、石ノ森章太郎のキャラクター銅像が沢山あります。
ただ、残念な事がここで一つ。
私、石ノ森章太郎の作品は「ホテル」位しか知らない・・・
石ノ森章太郎の作品をあまり読んでこなかった事を反省しつつ、展示を楽しんできました。
つるの湯 ボランティアで蘇った公衆浴場
私が石巻に来た理由は、津波被害を調べるだけではありません。
Reborn-Art Festivalで芸術作品を楽しむのが、一番の目的。
夜7時以降でないと見れない作品もあるため、作品が始まるまでお風呂へ入る事に。
このあたりにいいお風呂は無いかとググると、一件面白そうな銭湯が見つかりました。
「つるの湯」です。
女将にお話を聞けば、昭和初期から続く銭湯との事。
震災で設備が壊れ、ご主人もお亡くなりになったため、最初はお店をたたむつもりだったそうです。
しかし、ボランティア達の後押しもあり、営業日数を抑えつつ、お店を続ける事になったのです。
ただお店を再開させるだけでなく、お祭りまで開催し、再開をお祝いしたそうです。
こちらで、どんなお祭りだったか見ることが出来ます。
ボランティアの方とは今でも交流があり「石巻に帰りたい」と女将に電話がかかってくる事があるそうです。
出身地でもないのに、帰りたくなる場所があるって、いい事だと思う。
私も、アニメの聖地巡礼で訪れた街(茨城県大洗町)が気に入り、年数回フラっと行ってしまう。
その気持ち、少しだけだが分かるww
やっと本来の目的へ・・・
夜7時になり、芸術祭の作品を鑑賞する事に。
作品は、こちらの2つ。
作品名:石巻のためのstring(糸)
簡単に言うと、LEDの光が天に向かって伸びている。
この光源の周りに、寝そべって見れるように椅子があり、寝そべって上を見上げて楽しみます。
自分でも話していて、よく分からないw
現代アートって、面白いなと思う一方、どういう意図で作品を作ったか教えて欲しい事が本当に多い。
昔、徳島市で芸術祭があった時、アーティストの方と直接お話しする機会があり、色々とお話を聞くことが出来たが、こういう事は普通無いw
もし説明出来ないなら、ちゃんと案内板に書くとか、そういう配慮があれば魅力が上がると思うのだが・・・
続いて、もう一つの作品へGO。
夜間は営業しない飲食店駐車場から、隣ビルの白壁に投影する映像作品。
フランス人アーティスト、JRという方のプレゼンが流れていました。
実は、このJR、有名なストリートアーティスト。
日本だけでなく、世界中の街中でポートレートを撮影し、それを印刷して貼る。
詳しくは、上のリンクを見ていただきたい。
勇気を持ち、差別に芸術で立ち向かう姿勢、とても共感。
実は、このプロジェクトを翌日体験する機会がありましたが、それは次の記事で。
車中泊へ
この旅は、基本車中泊。
この日のキャンプ地は「道の駅 上品の郷」。
隣にローソンもあり、車中泊するにはいい環境でした。
これだけ中身の濃い1日だったので、ぐっすり眠ることが出来ました。
周りは静かで、車中泊するにはうってつけの道の駅だと思います。
毎晩こんな道の駅ならいいのに・・・と思いましたが、人生そんなに甘くないw
ここを超える道の駅は、旅の最後まで出ることはありませんでしたww
まぁ、後のトラブルは、また別の記事で。
では、また。